吉岡弘行インタビュー
〜東京バラライカアンサンブル〜

日本人作品のバラライカ音楽を!


吉岡弘行プロフィール

ーー吉岡先生が最初にバラライカ・アンサンブルに接した時の印象を教えてください。

吉岡:
依頼を受けた前後、音としての知識はあったんですが、実際に聴いてみると、思っていた以上にマンドリンとも違うしギターとももちろん違う、バラライカ特有の個性を感じました。柔らかいんですよ、音が。肉声に近い感じと言いますか。僕は合唱団もよく振るんですが、合唱に近い感じの響き〜トーンがしますね。

ーー左右の手のフィンガリングなどが、いろんなフレージングに対して制限してしまうようなことや、あるいは和声的に難しさを感じたり、というようなことはないんですか? 

吉岡:
非常に個性的な楽器だと思いますね。調弦はご存知ですか?「ミ・ミ・ラ」という独特なものなんですね。

ーーええ、以前、北川 翔さんに話を伺ったことがあって、びっくりしました。

吉岡:
奏法で言えば、ネック側の左手は、親指も使って和音を響かせるうえでけっこう合理的な方法が使われているんですね。だからメロディー楽器というよりも伴奏を響かせることを目的にした楽器という気がします。そのうえで、第一弦でのメロディー弾きができますし。だからどちらかというとオールマイティなんです。非常に!

ーーそうすると音楽表現上の制約みたいなものはそれほど感じておられないということですか?

吉岡:
そうですね。まあ編成の上でいうと、現在は内声を担当するパート〜低音にかけて人が足りないので、そこが増えてくればさらにおもしろい合奏ができますね。どうしてもバラライカというと「プリマバラライカ」という一番上のパートを担当する楽器が多くなります。最初はそこから、この世界に入ってきますから。でも一番上のAからしかないので、その下の「アルトバラライカ」「バスバラライカ」あたりが充実してくればね。

ーー音域的なことは楽器そのものの制約ではなくて、編成上の課題ということになるわけですね。

吉岡:
そうですね。
※実際バラライカにはいろんなサイズがそろっている。これはドムラ。


ーー一方、では演奏者の年齢構成で言うと、上はロシア民謡〜歌声喫茶世代の方をはじめ、わりあいベテランの方が多いじゃないですか。そのへんが、今後に向けての課題ですか?

吉岡:
たしかにその世代の方もいらっしゃるんですが、バラライカの教室も含め、若い方も入ってきているので、それほど心配していません。

ーーレパートリーはどういうふうに選んでいるんですか?

吉岡:
そこは、じつは僕より団員の方々の方がよくしってらっしゃるので、教えていただきながらやっています。アンドレエーフ以降の作品でオリジナルでいいものがかなりあるんですよ。

※アンドレエーフ:ワシリー・ワシーリェヴィチ・アンドレーエフ(1861-1918)。演奏家。楽器としての完成度をプロデュースしバラライカの近代化に貢献。1889年パリ万博でアンサンブルを率いた公演がきっかけで、フランスで最高位レジョンドヌール勲章も授与されている。

ーー出版もされているんですか?

吉岡:
現地ではしていると思います。ただ、この東京バラライカ・アンサンブルというのは、ロシアのソリストと交流があるんdネス。ザジーギンとかツィガンコフ・・・といったバラライカ奏者、、ドムラ奏者ですね。日本に招いてしょっちゅう公演も行っていますが、彼らと直接パイプを持っていますから。日本に来るときに、うちにあったものをセレクトして持ってきてもらったりしていますね 。

ーーそのレパートリーなんですが、内容は、かなり幅が広いですよね?作風とか形式とか。以前大阪国際マンドリンフェスティバルのステージを拝見してびっくりしました。

吉岡:
そうですか。とはいえ、いくつかパターンがありますね。まずバラライカ合奏団のためのオリジナル。それからロシアのクラシック作品をバラライカにもってきたもの。北川つとむもそういったアレンジをたくさんのこしましたけどね。そういうものが柱としてある。あと、ロシア民謡のアレンジものが多々ありますね。あと、もうひとつ考えているのはわれわれ日本人がやるバラライカアンサンブルなのだから、日本の作品をやる、ということを考えています。このへんがいま目指しているところですね。

ーー若い人も参加していると、年輩の方と共存している中で、いろんなギャップもあるはずですから、指揮の立場からは難しい面もあるのではないですか?

吉岡:
うん、そういうところを解消すべく、教室も熱心にやっていますし、年に一回はロシアから招いた演奏家のマスタークラスをやったりしていますし。

ーー次の機会もまた楽しみにしています。
(おしまい)