ステージの骨格は柴田さんの頭の中にあった。しかしそれは具体的なところもあればイメージでしかないものもあったはず。それを形にしていき、命を吹き込んだのが演出家•山下さん。ふだんは演技、芝居、そして言葉を指導、制御する。そして全体を見通しつつ細部を創る。が、今回は、いわば、逆。細部の検討/変更が続く中での創り込み。勝手の異なる創作現場となった「ショコラ〜」全体の見通しは、演出家の手に委ねられていたわけではなさそうだ。
ーー今回の役割を教えてください。脚本は、アイディアの中心は柴田さんとは思うんですが、そこに山下さんは・・・?
山下:僕と、僕のスタッフ的存在の作家志望の子と柴田さんとで、始めました。一昨年「」ショコラ・ド・マリア・カラス」というタイトルのもとにやらせていただいて、昨年はその再演、今年は少し趣向を変えて3回目になります。
ーー今回のプログラムに、“作業のスタートは「2009年大晦日」”と書いてありましたが?
山下:いちばん最初はそのさらに半年以上前になります。6月くらいかな。今回は最終的には「柴田さんがエネルギーをもらった人たちへのオマージュ」っていうことがテーマに決まったんですが、そこまで、つまりなにに焦点を絞るかを決めるところまでに時間がかかりました。そこまでに何稿も書き直しましたし。いい意味で柴田さんもアーティスティックなので。その結果、ココ=シャネルとマリア・カラス、アンネ・フランクという3つが主題という盛りだくさんのステージになりました。
ーー山下さんの演出の仕事というのは、ひとつひとつの公演毎にいろんなスタイル、関わり方があり経験もあると思うんですが、今回のようにひとつのステージにテーマが三つ、それを主に時間軸で並べていくと、ひとつの公演としての落としどころみたいなものが難しいのではないですか?
山下:戯曲だと、演出家としてお客さまをどこに連れて行くかが明確に提示できます。提示しないと僕の仕事は成立しない。どこにお客さまを連れて行くか。たとえば、ステージが終わってお客さまがロビーでどんな空気に包まれていなければいけないか、までイメージできないといけないんです。だめな演出家というのはそれができない。僕はそこまでやりたいと思ってこの仕事に向き合っています。
ところが、今回は演技的な要素を入れたいというので僕は呼ばれているんですが、このステージは音楽が軸にある。すると、どこまで飛翔できるかは音楽次第なんです。音楽の力で何かを伝えなくちゃいけない。ぼくは音楽の専門家ではないので、そこに力をお貸しすることができたかどうか・・・。言葉はひとつの土台にすぎないですからね。コントロールできる限界がある中での仕事になりました。
いまコントロールと言う言葉を使いましたが、演出というのは、実際にはコントロールではなく、方向性を示す舵取り役だと思っていますが。
ーーいい結果を作り出せているように拝見しましたが?
山下:だから気持ちよく音楽に突入していくところまでの踏み切り板を作ってあげたのかな。そこまでがぼくの仕事だったのかな、と思ってやっていました。
でも舞台の仕事でも言葉を土台にしながら、言葉じゃない感動というか、そこに、連れて行くのが舞台芸術の醍醐味だと思っているので、そういう意味では同じなんですけど。
(続きます)
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