ギターの時間、2010年5月25日号
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井上泰信×石村隆行。この二重奏が聴ける公演が6月、東京(20日白寿ホール午後2時開演)、京都(26日)で行われる。ともに同志社香里中学校・高等学校出身の先輩後輩。 石村氏が日本マンドリン連盟主催の独奏コンクールで1位を獲得した1984年は、井上泰信、9歳、小学4年生。数年後、井上さんがマンドリンを始めた中学の頃には、石村さんは既にイタリア・パドバCesare Pollini音楽院ヘマンドリン奏者/音楽家として留学している。マンドリン界の開拓者として先行する石村隆行を追いかけるように井上泰信の音楽家人生は始まり、ふたりの軌跡は、いま踊るように日本の音楽界に確かな軌跡を刻み続けている。井上泰信氏に今公演の見所、お二人の関係について、さらに同志社大学マンドリンクラブ、そしてその100周年記念演奏会(2010年3月6日)での先輩後輩の指揮ぶりなどについて伺った。


石村さんは先輩? 先生?

――井上さんはいつ頃から石村さんのことを知っているんですか?

井上:僕が中学1年でマンドリンクラブに入った時には、「石村隆行」という名前自体が伝説として ありました。同志社香里OBで初のソロコン優勝や当時活動されていた合奏団「ファンタジア」 なども嫌というほど聞かされていました。
 ちなみに僕が初めて同志社の演奏会に行ったのは 111回演奏会で、京都会館最後の演奏、指揮は田口俊太郎氏、松本譲氏の編曲作品の解禁 など色々とドラマティックな演奏会で、SMDの素晴らしさを知ることになりました。その翌112回 演奏会以降石村先生の編曲作品を森之宮で体験したときには既に「雲の上の人」でした。
 帰国時の演奏会にもよく行きました。天満教会のリサイタルで聴かせていただいたニコラ・カラーチェの作品や、 「石村隆行とその仲間たち」と称して企画された演奏会での初演曲(「アルフレッド・カッペリーニ」や「 グリエリモ・ラトクフリフの前奏曲」など)は当時ウォークマンで録音したテープをそれは擦り切れる ほど聴きました。

――直接話をしたのは?

井上:大学に入ってからだと思います。多分僕が無理やり話しかけました(笑)

――1994年石村さんが東京大阪でデビューリサイタルをした同じ年、 井上さんが独奏コンクールで1位を受賞しましたね。この頃になると、 おそらく出会いの頃以上に交流が深まっていたと思うのですが、演奏者としてのお互いのこと、 たとえば演奏スタイルのこと、取り上げる音楽の方向性、 その後オケを組織していくといったことなど、音楽への取り組み方、 方法論に近いものを感じます。 それらはおそらく石村さんが留学を通して マンドリンはどうあるべきかを模索してきた結果ではないかと思う んですが?

井上:石村先生がSMD技術顧問に就任されたのが僕が大学2回生の時で、 直後のコンクールに入賞しましたが、当時はまだまだ壁のある・・・というか 雲の上の存在ですし、当時のSMDは「2回生以下は他パートの楽器を弾いてはいけない」 というルールがあったので(僕はずっとマンドラ・パートなので)むしろそういう 話をしてはいけない感じがありました。

 音楽の取り組み方という観点で見たことはないですが、指揮者になった当時から 本当にわがままを言わせていただいたという感じですが、唯一「マニアック」と呼ばれる 観点でいつも共感が多かったことは事実です。誰も見向きもしないような曲にスポットを 当てたい・・・といつも考えながら過ごしていました。半面現代的作品に興味のあった僕は 選曲でもいつも石村先生を困らせる結果となるようなプログラムとなりました。


指揮法の違い

――そうなんですか。指揮法についてはどうですか? 石村さんから井上さんへ 継承していることなどがあると思うのですが?

井上:指揮自体に関してはまるでないのかもしれません(笑)。ただし中高大と同じ学校で過ごしたことによる 「観点」の差が少ないことは感じます。練習の進め方を見てもよく思います。

――指揮者のタイプとしてお二人はそれぞれどんな指揮者 といえるんでしょうか? 

井上:石村先生は設計図をしっかりと見て完璧に組み立てるタイプ。 僕は設計図を見ません。いつも(笑)。 ただその完成像に対する妄想力が人の3倍。といった感じでしょうか。 石村先生を裏付けるのが「経験」で、僕の場合それが「アイディア」かも知れません。

――なんとなくわかる気がします。では井上さんがお好きな指揮者というと?

井上:月並みですが佐渡裕さんの音楽と考え方に共鳴します。 神様と崇めるのであればやはり小澤征爾さん。 演奏そのものに関してはカルロス・クライバーです。
 それでも僕の指揮の源流にあるのは、師・木下正紀先生です。
SMD100周年でもまさか舞台後方席に座られて舞台を(指揮を)見ておられてました。 人生最高の緊張感の中記念すべきステージに立つことができました(笑)

――そのSMDの演奏会でも指揮を任される機会は多いお二人だと思うんですが、 現役学生と年長OBをまとめる上でたいへんなことがあると思い ます。それはなんですか?

井上:「良い音楽」と思う価値観が年代によって違うことです。 石村先生より上の世代、近い世代、ひと回り違う世代、今の世代と、選曲の好みは似ていても 根本的な「味覚」が違うのだと思います。その違いを上手く混ぜるのが指揮者の力量だと思いました。


同志社大学マンドリンクラブ

――ご自分のオーケストラを指揮するときと現役OB合同のSMD を指揮するときとの違いとかおもしろさというとどういうことになるんですか?

井上:自分のオーケストラは本当に「自分本位」ですし、メンバーもプログラムも自分が吟味して選んだ 内容です。SMDの100周年公演は改めて自分のルーツを甦らせてくれるような時間を過ごせたのが面白かったです。 「SMDならこう」みたいなのはOBにも全員共通のイメージがあります。ただそのギャップと闘う・・・い わば自分たちの過去の栄光こそが脅威みたいな緊張感が、“独特の「進まない感じ」”をもたらしていた 気がします。

――その記念公演のときは、現役二人、OBお二人(田中さん、岡村さん)の指揮も間近でご覧になったわけですが・・・。 ことに、プログラム中、現代の作曲家であるマンドニコ氏の「水の反映」を 現役学生山本さんに任せた結果はどうご覧になったんですか?  わたしは「お見事!」とびっくりして聴き入っているだけだったんですが。

井上:正指揮者の吉村君は中1から高3の6年間を知っていますのでそういう意味でも成長を感じることができました。今は単なる先輩後輩の関係ですが、「先輩だから何も言わない」のもSMDの風潮でも あるんです。
 山本さんは一生懸命さが真正面から伝わる指揮者でしたね。そのプレッシャーと闘ったプロ セスこそが宝だと思います。4年前にマンドニコ氏を日本に招いた時感じた、あの「気さく」かつ「何か脱 線している」独特な雰囲気がもう少し音楽の作りやアプローチから出ると面白いと思いました。このへんもいい意味で「同志社的」なのだと思いますよ。

 田中さんとのお付き合いは僕が中1のときからです。初めて大量のスコアを見てドキドキしたのも田中先輩のご自宅です。 ご子息が一年上の先輩でしたので、とにかく散々遊んで散々泊まったのが良い思い出です。時にはご子息抜き で自宅で飲んだりみたいなこともありました。

 岡村先生は、VTRでしか拝見したことのない伝説の人物でしたが、私の中では尊敬に値するマンドリン人の 1人です。中野先生や松本譲先生が「マンドリンの為に」私財や労力を投げ打った以上に、岡村先生は日本のマンドリンの為に身を投げた1人だからです。説得力の裏にあるのは知識や経験ではなく、純粋な「想い」であること を今回学びました。とかく偉そうになりがちな「音楽家」という存在ですが、岡村先生は音楽に対していつも謙虚で、 知識をひけらかすのではなく、本当に楽しそうにいつも私たちに施してくださったと思います。


今だから感じること

――3月の同志社100周年記念公演としてのプログラムは概して伝統的にやった経験のある作品だと思うのですが、 こうした「同志社らしい、イタリア・マンドリン音楽のオリジナル作品」 というものに対する感想を、改めて、教えてください。他大学のレパートリー、プログラムと比較して、どんな印象をお持ちですか?

井上:どちらかといえば「現代」「邦人」というレパートリーを想像されがちな僕の活動ですが、 やはり原点=故郷の音楽であるSMDの音楽を忘れたわけではありません。
 イタリアの音楽、とひとくくりにはできないのですが、この年になってようやくわかってきた部分があります。それはイタリアの当時の音楽に想像以上のエネルギーが詰まっている事です。2009年に「イタリアへの憧れ」と題して、SMDのレパートリーに近い(勿論石村先 生の編曲を含む)プログラムを指揮しましたが(CD「イタリアへの憧れ」発売中)、今までにない労力と感動がそこにありました。
 岡村先生の音楽からもそれを感じたのですが、イタリアのオリジナル音楽への アプローチが今まで「弱かった」事を実感しています。その楽曲の構造や背景を知る事も 勿論何よりも大事なのですが、もう少し「人間の想いを音楽にぶつける」という観点から 曲を捉えたときに、もっともっと一般の人にも楽しんでもらえる「オリジナル」がそこにある のではと、今回の演奏会を通しても強く感じました。


カラーチェの軌跡

――「カラーチェの軌跡」という今回の企画を発想した経緯を教えてください。

井上:実はリサイタルは3年ぶりで、その間色々なアイディアを思いついてはいたのですが、 あえて真っ向からオーソドックスに行きたかったのと、石村先生と一緒に演奏したかった こともあり、今回の企画に至りました。

――プログラムの聴き所、魅力を教えてください。

井上:今回の選曲はカラーチェの持つ「イタリア的な情熱感」「無伴奏テクニックの面白み」 「ピアノとのアンサンブルの緻密さ」を踏まえて「楽器としての機能性とカラーチェ音楽との関わり」を テーマにしていますが、やはり基本は「好きな曲」です。意外と初めて演奏する曲が多いのも特徴です。 テクニック重視と思われがちな作品群の中にある、イタリア音楽の極みとも言える情熱と、カラーチェがその楽器と音楽に託した何よりも熱い想いを感じていただければ幸いです。
 もうひとつの見所は使用楽器です。通称「御三家」と呼ばれるヴィナッチァ、エンベルガー、カラーチェの三大メー カーで唯一100年以上続いてるこのカラーチェ楽器の歴史の流れを見ていただければと思います。何台くらい使うのか も検討がついていません(笑)出来るだけ古いものから最新作まで、100年の歴史を耳でも目でも感じていただければと思っています。

――これは、ほんとうに楽しみですねっ!

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◆いのうえ やすのぶ
1975年京都市生まれ。
1997年同志社大学文学部文化学科教育学専攻卒業。同志社香里中学よりマンドリンを手にし、 同高校、同志社大学マンドリンクラブで指揮者として活躍。 2年間の会社員生活を経て、1999年より本格的に音楽活動を開始。 大学卒業より5年間、自ら主宰として 「ARSNOVA Mandolin Orchestra」を率いる。

1994年第1回ドイツ国際マンドリン独奏コンクール次位
1994年第14回日本マンドリン独奏コンクール第1位
1997年第3回ロシア北方杯独奏コンクールマンドリン部門第1位

 現在、京都教育大学、名古屋大学、東北大学、 同志社香里中高の各マンドリンクラブ技術顧問の他、 龍谷大学、セントヨゼフ女子学園、三重県立上野高校、同四日市商業高校、 兵庫県立姫路西高校等の指導を担当。

 1997年の東京リサイタル以来、独奏を中心とする演奏活動の他、 ARSNOVA Mandolin QuartetおよびEnsembleを自ら主宰し、 マンドリン室内楽の開拓を行う。
 特定非営利活動法人「ARTE MANDOLINISTICA」理事長兼音楽監督。 大阪国際マンドリンコンクール&フェスティバル総監督。
 木下正紀、川口雅行両氏に師事。

チケットのご予約はこちらより

井上泰信マンドリンリサイタル

〜 ラファエレ・カラーチェの軌跡 〜
共演:石村隆行(マンドリン)、藤井由美(ピアノ)
2010年6月26日(土) 
京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
開場 17:30 開演 18:00 
一般 4,000円 大学生 2,000円 高校生以下 1,000円
(当日500円増し)全席自由

【プログラム】
ナポリ狂詩曲Op.66
アダージョOp.51
前奏曲第10番Op.112
マンドリン協奏曲第1番よりOp.113
マンドリンとリュートの為の大二重奏曲Op.70〜72
序曲「ジェノヴァ」Op.143
【主催】
プラックプロダクション
【チケット取扱い】
フレット楽器オザキ大阪店、京都店
【後援】
カラーチェ社(イタリア・ナポリ)、SMD会、
(社)全日本高等学校ギター・マンドリン音楽振興会