リカルド・サンドバル マチア・コレー(G)とリカルド・サンドバル

イグチ氏に聞くリカルド・サンドバル公演の意義

予想を超えたパフォーマンス!

--公演からもう半年近くになりますが、改めてリカルド・サンドバルの昨年(2008年11月8日)の公演について聴かせてください。彼と知りあったのはいつ頃なんですか?
「2005年大阪国際マンドリンフェスティバルのときです。彼はその時ゲスト審査員として来日していました。そのときが初対面です。一方、そのとき堀くんは出場者でした。
 そのときリカルドといろいろ話をしたんですが、“演奏で来日したい”、とか“いろいろ日本に興味を持っている”と話していました。
 ほかに「自分はCDを持ってきている。イグチの店であずかってくれないか?」ということだったので、そのとき持ってきていたものを全部預かることにしたんです。それが最初のとっかかりですね。
その後、近況やそれぞれの様子をメールでやり取りするようになりました。2007年の初夏に“2008年には日本に行きたい”と言う話になりました。
 ところがその後、全然具体的な話になってこなかったんですが、2008年3月になって“10月くらい〜秋に行く”と連絡がきました。2007年、石橋純さんという東大の先生と話をするようになっていたらしくて、話が急に具体的になってきたようです。
 でも興行を仕掛ける側にしたら、“1年半くらい前から具体的な話を始めなくちゃだめだよ”とは言ってたんです。でも春の時点で“秋に行きたい”といい出した。結果的には3週間近く日本に滞在したんですが、“その間の公演や催しを仕込むのは半年じゃ難しいぞ、たいへんだぞ”と話してはいたんです(笑)」
--・・・ですよねえ。
「でも、どうしても行きたい。“交通費は自分たちで出す”とまで言う。“じゃ、どこまでできるかわからないけどやってみようか”と。そこからいろいろ動き始めたんです。」

 公演は、石橋純氏の関係や企画を中心に持ってきて、名古屋からスタート。豊橋、大阪、また静岡のマンドリンの独奏コンクールにゲスト出演。さらに東京周辺のイベントをブッキングして国内ツアーが行なわれた。

「今回は、このけやきホールの公演がいちばん大きなキャパシティで、あとはちっちゃいライブハウスのようなところでした。それでこの公演でシメにしようと、全部ボクがイニシアチブをとってやりました。」

--けやきホール公演のプログラムはどんなふうに決めたんですか?
「11月3日と7日に空き日と時間をみつけて、この2日間でリハをやって決めたんですよ。とにかくそれまでなにも決まってなくて。チラシにはなんとか、こう〜適当に書いてたんですけど、実際には全然やってない曲もいっぱいあって(笑)。
 最初の日に、ようやく曲が決まり、それで少ないリハで見当をつけて本番を迎えたということだったんです。」

--それにしては、堀くんがゲストに入った後半も緻密な演奏だったし、テクニックはあるし、それを越えてマンドリンミュージックが聴こえていて、すごく楽しめました。
「お互い意見を出し合って、3人でもやってほしい、堀くんの希望もあってソロも入れ、絡みも入れて、と欲張りました(笑)。」

--前半の2人の演奏もかなりレベルが高いものだったと思いましたが?
「こういうタイプのマンドリン演奏は日本ではあまり聴かれないんですよね。クラシックマンドリンなんだけど、どちらかというとテイストは主としてラテン。こういうプレイヤーは日本には少ないですね。
 クラシックマンドリンではなくショーロの世界になると、また少し演奏家はいるんです。より南米色が濃くなってね。今回もカフェやライブハウスでの演奏では、ほとんど南米の音楽をどーんと出してやっているんです。だから、エレキベースとかパーカッションを交えて、PAを前提にした演奏会だったんです。
 それに対して、このけやきホール公演は、生! その意味でもこの公演は貴重だったんです。」

--PAの必要性のない、バランスのとれた組み合わせというかパフォーマンスでしたねえ。
「お客さんにもすごく満足してもらえたコンサートになったと思いますし。音楽的にも技術的にも高いレベルの音楽を作り出せるプレイヤーだな、と、また確信しましたね。2005年当時に既に、そう思っていたんですけどね。
 まあ今回は、こういうかたちで石橋先生との出会いもあって実現したものでした。たんにボクがけやきホール公演だけ企画してもなかなかうまくいくとは限らない。いろんな人の協力あってのものですね。」

--堀くんの演奏がまた、うまくハマっていてびっくりしました。リハーサルが少ないというのを聞いてまた驚きましたが。
「堀くんとやったトリオ演奏曲目は、じつは楽譜が一切ないんです。耳コピでその場で曲をつかんでやってました。リハーサル中に、音だしして合わせながら、ここはこうしようそこはこうしよう、と自由に意見を出し合ってやってましたね。そこがまた雰囲気の違ういい演奏になったと思いますね。」

--そういう演奏だったんですね? クラシカルな空気を越えて、どんどん熱くなって行ってましたよね。
「やっぱりお互いのアンサンブルにそういうのが出ていましたね。彼もそういうスキルを持っていたと思いますしね。楽譜に頼らず演奏できるスキルというのは、なかなか持てないですから。」

--ああした即興を含むような演奏はリカルドも堀くんも苦手じゃないというより、むしろ得意な方なんじゃないですかね。そういった意味で。
「そもそもリカルド来日が決まった時点で堀くんにすぐに連絡して、“秋にやることになったので、ついては堀くん、出てほしい”と。最初はしかし、彼も、“えーーー!?マジですか・・・”って躊躇しているふうだったんですけどね。でもボクとしては堀くんしかいない、と思ってたので。」

--リカルドが花を持たせてくれた面もあるかなともちょっと思いましたが、堀くんのリーダーユニットみたいな雰囲気さえ感じました。
「またそういう演奏をピシっとやれるだけのものを彼らは持っていたのでね。」

--ああいう演奏はマンドリン音楽の可能性も聴かせてくれてたと思うんです? オケではできない種類のもの・・・
「そうなんですよ。今までにもいろいろやってきていますが、まだまだマンドリンの多様な良さを伝え切れていない、と思っています。例えば東京国際ギターコンクールで一昨年3位になっているベラルーシのギタリスト、ヤン・スクリーハンとマンドリンのカーチャ・プラコプチカを呼んで、以前公演をやったものの、告知しても反応が少なくて。才能ある2人でレベルの高い演奏をやるんですが、やっぱり日本ではまだまだ知られていないかということがネックになったようで・・・。」

--クラシックギターの人はマンドリンに対する抵抗感があるんでしょうか。
「ぼくは、彼らをもう一度呼びたいな、と思っています。彼女はバロック・マンドリンも弾くんです。マンドリンは、昔〜ヴィバルディの時代は鳥の羽根で弾いてたんです。羽を切って先をヤスリで加工してきれいにして、こう鉛筆のように持って弾くんです。当時のは、マンドリンと言っても今の復弦の4コースじゃなくて6弦の、リュートの小型版見たいな感じのものなんですが。で彼女なんか復弦の6コースも弾き、もちろんモダンも弾き、多彩なんです、ですごいテクニックもある。でもそういったことが伝わりにくい。次の具体的なことは決めてないんですが、こういった演奏家たちをヨーロッパから呼ぶということになった時、事前告知はどんなふうにやったらいいのか、は、今後の課題なんですね。」

--動画や今の新しいメディアをフルに使って宣伝しましょう!
「まだ一度自分の中でもう1回やりたいな、彼をやりたいな、できないかな。と、ただベラルーシは国が国なので手続きがすごいたいへんなんです。でもたいへんだけど、1回実現しているし、やってやれないことはない。リカルドもまた来たいだろうし、日本がすごい気に入ったみたいですしね。
 日本にはないものを聴かせてくれるし。だからまた、僕も呼びたいですしね。 日本人プレイヤーもどんどんやっていきますよ。」
(絃楽器のイグチ:HPはこちら)